メキシコ珍寺武者修行





トラコルーラ教会/トラコルーラ(オアハカ郊外) Templo de Santa Maria de la Asuncion Tlacolula/Tlacolula,Oaxaca



今日は日曜日。

オアハカからローカルバスに乗ってトラコルーラという郊外の街に向かう。

ここはサポテコ族が多く住むエリアで、日曜日になると周辺の村々から人々が集まり大きな日曜市が開かれるのだ。

田舎道をおんぼろバスが走る。

車内は結構込んでいて、揺れる車内で積み荷の七面鳥と面前20センチの距離でガンを飛ばしあいながらの小一時間は中々スリリングであった。


てなわけでトラコルーラに到着。



バスターミナルを降りるとそこはいきなり商店街的な所に直結していた。




住民の大半はサポテコ族だという。

なるほど。オアハカ市内に比べるとよりローカルな感じの人々が多い。

メキシコの先住民族はスペイン系の人々に比べて背が低く、胸板が厚く、お腹が出てて浅黒い。

つまり私みたいな人達なのである。

…なのでトラコルーラを歩いていても私の馴染むこと馴染むこと!

全世界がメキシコだったらいいのに!と思ったほどである。




おばちゃん達は民族衣装にエプロン姿。

男性より女性の方が民族衣装の着用率が高いのは洋の東西問わず、ですな。




綺麗に積まれたイチゴ屋さん。

コレ一日でハケるのだろうか?




屋台の玩具屋。

見たことのない玩具が並んでいる。




スピーカー屋。

各種スピーカーが並んでいるが性能の違いとかあるんだろうか。




土産物屋もちらほら。

ちなみに↑中央上部に女神のプリントされたストールがつり下がっているが、これはグアダルーペという女神だ。

メキシコにおいてはキリストよりも信仰されているんじゃないかと思えるほど重要なアイコンだ。

詳しくは後々述べることにする。




土産モノ屋で売っていたショッピングバッグ。

案外容量があり、丈夫。しかも手提げ紐がダブルの縄跳びみたいになっていて実に使いやすい。

中央の緑のバッグを買い、メキシコ滞在中ずーっと使っていた。




先住民族の民族衣装。

一部プリント製品もあるが刺繍製品はそれなりに高価だった。




こちらはプリント柄中心のお安い衣装。




おじさん達もおばさん達も何か楽しそう。




青果市場には南国のフルーツや野菜がわんさか積み上げられていた。




織物。ラグだったりバッグだったり。

とにかく赤が強烈だ。

この赤こそメキシコを象徴する色だと思うのだが、その原材料が何なのかは後に述べることにする。





様々な民芸品。

この色の多様さ。造型のオモシロさ。

こんな店が一軒あると数十分は動けなくなってしまう。




しばらく歩くと巨大な体育館のような建物があった。




そこは肉市場だった。


なんだか急に人口密度が高くなってきたような…。




奥では買ったお肉をそのままグリルしてくれる店が並んでいる。

そこで皆さん屋内BBQをしているという訳。

薄暗い屋内に物凄い煙が立ち込めていて、一酸化中毒にならないか心配なレベル


何故BBQを屋外でやるのかを身をもって知ったよ。






寄り道が過ぎました。

ここからが本題です。


この街の中心にトラコルーラ教会という大きな教会がある。




教会の周辺には多くの人々が集っている。

その多くは先住民族だ。






外観からすると凄ーく地味な教会だ。




中に入ってもごく普通の教会っぽいのだが…




右側の礼拝堂だけは事を異にする。




尋常じゃないコッテコテなバロック様式の装飾なのだ。




先にも述べたが、スペインにおけるバロック様式の最も先鋭化した様式であるチュリゲラ様式

メキシコに於いて最もそのチュリゲラ様式がよく残されているのが、ここ、トラコルーラ教会のこの礼拝堂なのだ。




中央の祭壇には十字架にはりつけられたキリスト像。




見上げれば天井のドームには数えきれないほどの聖人像が。




これだけ細かい装飾に力を込めたのは、この地がスペインにとっても戦略的に重要な地であったからではなかろうか。




ニーニョ(天使)像を奉納しに来た夫婦。

何があったのかは知れないが、それなりに事情があったのだろう。






この礼拝堂において気になったのがこちら。



首を切り落とされた聖人像が数多く祀られていることだ。




S.Pabloと記されたこの方も首がザックリ落ちちゃってます。


これらのキリスト教の殉教者である聖人はメキシコに於いて熱狂的に受け入れられた。

信仰のために殉教した聖人をメキシコ人が支持したのは、古来メキシコでは神のために生贄として首や心臓を神に捧げたという歴史的な記憶があったからだろう。

つまりスペインの為政者もこの地にキリスト教を根付かせる為にあえてカトリックのエグい部分をさらけ出し、メキシコの先住民族の琴線に触れるような部分を提示しつつ融和を図ろうとしたのではなかろうか。


大航海時代のカトリックは新大陸やアジアで似たような事をいくらでもしてきた。

プロテスタントが台頭してきた世界において綺麗事など言ってられない世相だったのだろう。

そうして現地の信仰を飲み込み寛容と受容を繰り返しカトリックは世界中に広まっていったのである。アジアや日本においても。




こちらの方も自分の首を無念そうに持ってますね。

ある意味、スペインのチュリゲラ様式とメキシコの現地宗教が混ざり合った独特の様式と言えよう。






教会の片隅にいた天使もかなりポンチな様相を呈している。




こちらの天使も。




こちらの天使も。





天井に描かれている荘厳で緻密な聖人と下の方に描かれているポンチな天使との落差こそがこの地におけるキリスト教の現在地を如実に示しているような気がした。




再び市場に戻ってみた。



おばちゃんが七面鳥を売っていた。

あ、もしかしてさっきバスの中で俺とメンチ切りあってた七面鳥では?




諸行無常色即是空。おまいら成仏せいよ…。




次は首都だ!

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